例会報告
内田 忠男氏

【第577回紅葉特別大会】

 
日 時 : 平成17年11月25日(金)
場 所 : 京都全日空ホテル
講 師 : 内田 忠男氏(ジャーナリスト)
テーマ : 「アメリカの本音」















第577回紅葉特別大会はニューヨーク在住・国際派ジャーナリストの内田忠男氏をお迎えして京都全日空ホテルで開催されました。

<講師講演>

■特殊な国、アメリカ
本日はお招き頂きまして誠にありがとうございます。
私は人生の半分ほどをアメリカで過ごしてきました。本日はその中から私が見てきたアメリカをお伝えできればと思います。まず、皆さんに認識を持って頂きたいのがアメリカは特殊な国だと言う事です。その特殊さはこの国の始まりにあります。1620年、ちょうど日本では関が原の戦いが終わった頃にメイフラワー号で移住してきたのがイギリスの清教徒達でした。王政下の貴族制度など、息の詰る思いをしていた彼らにとってアメリカはまさに新天地でした。当初から、自由・人権や平等を実現し、世界に広めるという使命感、イデオロギーを持ってやってきたのです。このイデオロギー性が現在においても強烈なままです。9.11のテロ後、それがさらに強くなりました。合理性を尊ぶ一方で7割ほどの人が神の存在を信じており、アメリカの"正義"に確信を持っています。"正義"に重きを置く為に、アメリカがNO.1である事を確信しようとし、それが崩れそうになった時、過剰なまでの反応を示す。それがアメリカです。

■私が見たアメリカの社会史
私がアメリカで暮らし始めた1975年当時、アメリカはベトナム戦争に敗退。国内ではウォーター事件が起こり、ニクソンが辞任に追い込まれ、アメリカ全体が自信喪失の状態でした。副大統領から昇格したフォードは1976年の選挙で敗退し、カーター政権が誕生します。無能さではアメリカ史に特筆されるべき大統領です。イランでイスラム革命が起き、テヘランのアメリカ大使館が占拠されて外交官50人が400日以上も拘束される事件も起きました。国内はオイルショックでハイパーインフレ。金利はプライムレートで21%になり、経済は低迷しました。1980年の選挙でカーターは惨敗し、レーガン政権が誕生します。この人はグレートコミュニケーターと言われ、歴代大統領の中でも傑出した人物でした。といっても経済は一朝一夕には良くなりません。さらに、国内生産設備の劣化が目立ち始め、私が取材した自動車工場でもタバコやコーラのビンが散乱し、惨憺たる状況でした。

■日本の台頭とアメリカの対策
一方日本は、高度経済成長でアメリカ市場でのシェアを拡大していきます。「安かろう、悪かろう」が定着していた日本製品もこの頃から、安くて、質が良くて、均質な商品というイメージが定着していきます。しかしアメリカは、こうした日本の攻勢への対応策を密かに練っていました。
金融面では1985年9月プラザ合意。アメリカは西側主要国に通貨レートの変更を迫ります。当時の竹下蔵相は、海千山千のベーカー財務長官に言いくるめられ、合意に至ります。竹下さんは1ドル200円程度に切り上げれば良いだろうと想定していたのですが、85年に202円、86年平均で159円、87年には120円と、円は二倍の価値に高まります。しかし、当時の日本企業は円高コストを吸収するために最大限の努力をし、結果、かつてないような金余りを生んでバブルへと向います。
さらに、経済面ではアメリカの軍事セクターが蓄積していた技術を民間に開放しました。インターネットは90年代のIT革命による経済活況の牽引役となります。また、グローバリゼーションによりアメリカの主義、信条、規範を世界的なスタンダードにしてしまいます。ノーベル経済学賞受賞学者のスティグリッツの著書ではグローバリゼーションによる途上国の損失を訴えていますが、私は日本も大きな被害を受けたと考えています。グローバル化とは自由で公正な競争を前提とした市場システムを重視するもので、言い換えるとアメリカ人の価値観に合致するもの以外は認めないとする事です。つまり、日本の系列、株の持ち合い、終身雇用、官民の繋がりなど、日本の成長を支えたシステムを競争阻害要因として否定した訳です。併せて日本国内ではバブル崩壊で不良債権問題、デフレと経済は停滞の極にあり、経済システムが機能不全を起こしてしまいました。
■アメリカの経済謳歌
90年代のアメリカはITを進め日本などを圧倒しました。21世紀になってもアメリカの絶対優位は揺るがぬだとうと、一種"のほほん"とした状態でした。しかし、その眠りを覚ましたのが9.11同時テロです。標的とされたのが経済の象徴であるワールドトレードセンタービル、国防のペンタゴン、さらに、第3のハイジャック機は目標を回避されましたが、標的はホワイトハウス、もしくは連邦議会議事堂でありました。本土が国外から攻撃された事のないアメリカのショックは大きなものでした。すぐに「愛国者法」が十分に報道される事もなく成立し、捜索令状なく盗聴や逮捕ができ、疑いがあるだけで長期拘束を合法的に出来るようにしてしまったのです。しかも、外国に対してはアメリカの味方かテロの味方かとグレーゾーンを認めない二者択一を迫りました。
そしてアメリカはイラク戦争へ突入します。この時、ブッシュに影響を与えたのがネオコンです。ネオコンの本音はイスラエルを守りたいということ。イラクが大量破壊兵器を持っていてもアメリカ国土を攻撃される恐れは殆どありません。しかし、隣国ともいうべきイスラエルが攻撃される恐れは十分にある。これをどうにかしたいのです。それまで、アメリカは攻められてから反撃するのが国是とされてきましたが「ならずもの国家」には先制攻撃もありうるとしました。
この時、日本の小泉首相は、国際社会の支持を抜きにしたイラク攻撃はダメと、強くブッシュに訴えました。しかし、ブッシュは海を挟んだ一国の首脳の声よりも、ネオコンの説得に動かされた訳です。

■日米の連携強化
現在の日米関係はブッシュ大統領の小泉首相への強い信頼で成り立っています。アメリカ軍の再編がアメリカの新しい世界戦略を象徴しています。冷戦構造が無くなった今、仮想敵国が見えなくなってしましました。つまり、いつ、どこで、誰が攻撃してくるか分からない状況です。冷戦時の無駄な戦力は国内に吸収し、世界中で何が起きても即応できる体制を整えようと考えています。そうした中でアメリカ国外に前線司令部を置くには条件があります。1.通信インフラ設備が整っている事、2.有事の際の補給に耐えうる経済力、3.政治の安定、4.一般市民レベルでの対米感情。この4つの条件を満たす国がイギリスと日本以外にありません。アメリカでは右手にイギリス、左手に日本と言われます。
日本の前線指令基地として、神奈川のキャンプ座間に新しい陸軍司令部を自衛隊の中央即応集団司令部と併設の形で整備しようとしています。東京の横田基地ではミサイル防衛の情報基地として自衛隊の航空総隊指令部が府中から移転して、米軍と共同運用する事になっています。日米がパラダイムの変わった世界で協働していくのは、日本にとって一つの選択であります。しかし、これほど大事な事を国民的議論抜きでやってしまう日本はどこかおかしい。メディアは普天間基地の移転への反対の声ばかり取り上げている。どうも焦点ボケしているように思えてなりません。NIMBYシンドローム(Not In My Back− Yard)の言葉どおり、自分の裏庭に基地に限らずゴミ処理場などの施設が出来る事は誰しも嫌でしょう。しかし、日本の国家戦略として何処まで我慢しなければならないのか、それは国民が真剣に考えて政府に発信していくべきです。それを担うべきメディアは何もやっていない。そこが問題です。

■アメリカの不安要素
さて、アメリカの経済について不透明なところがあるのでその話を少しします。昨年6月まで、短期金利は1%でした。それが12回連続して引き上げられ4%までとなり常識的水準に戻ってきました。年末には4.25〜4.5%になると思われます。現在、アメリカでは住宅バブルと言ってもよいような状態です。住宅価格が高くなりつつも様々な金融制度でキャッシュが手に入れる仕組みが出来ており、それが個人消費を支えるという関係が出来ています。私は今の住宅市場はバブルだと思っており、クルーグマンなどはニューヨークタイムスで来春にバブルがはじけると書いています。
アメリカは双子の赤字を抱えています。つまり、国際収支と財政赤字の二つです。その赤字を支える為に、アメリカの国債を大量に買ってくれる国はどこか。成長著しい中国と貿易黒字の日本です。すると、アメリカの長期金利は上がらない。しかし、短期金利は上がってきます。これがボディブローとなって住宅金利がじりじり上る可能性があります。住宅ブームがはじけて資産効果がマイナスになると個人消費は落ち込みます。加えて住宅産業は裾野が広く波及効果が大きい為、住宅産業の落ち込みの影響は大きくなるでしょう。さらに、原油価格の高騰があげられます。一時、1バレル70ドル突破し、暖房用灯油の高騰は個人消費の圧迫にもつながります。消費者物価指数も9月には前月比1.2%高と、これは25年ぶりの上げ幅です。イラク戦争も未だ出口が見えない状況です。悲観的に過ぎるかもしれませんが、これだけの不安材料を抱えているのは事実であり、将来の見通しが難しい不透明な状態と言えるのではないでしょうか。

■質疑応答
Q. アメリカ国内におけるブッシュ批判は日本のマスコミの偏った情報ではないでしょうか。日本のマスコミはどれだけアメリカに影響されているのでしょうか。

A. アメリカも日本も、メディアは一般的に現政権に対しては批判的に報道をしがちです。しかも、中にはブッシュをバカにしている人も多く、決め付けた報道をしてしまっている人もいます。特に日本の大手マスコミはブッシュさげすみの視点が強いです。ブッシュはIQでは劣るかも知れませんが、政治家の要諦である国民とのコミュニケーション力は決して良くはないが悪くもありません。日本のメディアが言うほどブッシュ政権は弱くはありません。対抗する民主党を見ても人材と対案がありません。それを国民は良く見ています。共和党の旗色は確かに悪いですが、来年の中間選挙が必ずしも是を反映するとも言い切れません。来年11月の投票日まで、紆余曲折は十分ありえますし、今ここで判断する事は時期尚早と言えるでしょう。


本日は、私がアメリカで見聞したことを元にアメリカ、日本、日米関係における私見を述べさせて頂きました。本日の話が皆様の生活に少しでも活かされれば幸いです。本日はご清聴ありがとうございました。


 レポート:同志社大学4回生
                                   栗栖 智宏