例会報告
江戸家 小猫氏

第604回定例会

 
日 時 : 平成21年7月15日(水)
場 所 : 京都全日空ホテル
ゲストスピーカー :江戸家 小猫氏(ものまねタレント、演芸家)

■一本足鳴法

「ホ〜・・・ホケキョ!」

「今日は皆さんに、この指笛の極意を教えますから。ポイントは小指にあります・・・」

こんな出だしから第 604 回例会は始まった。本日のゲストスピーカーは、「動物鳴き真似」「声帯模写」の第一人者である江戸家猫八の四代目を今秋に襲名される江戸家小猫氏。今年で 3 回目の成人式である 60 歳を迎えられたとのことだが、とにかく「若い」というのが第一印象である。それもそのはず、小猫氏の格好は、白ジャケットにネクタイ、そしてパンツ、といういわゆる「ジャケパン」スタイル。まずは外見から普通の「芸人」とは違うオリジナルな雰囲気をかもし出している。しかし、後でも触れるが、このスタイルそのものが、小猫氏の「伝統への挑戦」の象徴であり、また、若さの秘訣なのである。

ここで簡単に小猫氏のプロフィールを紹介しておく。小猫氏が生まれたのは、いわゆる「団塊の世代」の最後の年の昭和 24 年。 10 歳のときには、早くもテレビ初出演を果たしたというから、物心が付く頃から、父であり、動物鳴き真似を武器とする芸人であった三代目・江戸家猫八の背中を見て育ったのだろう。その後は高校卒業後と同時に、三代目に入門。 23 歳のときには、社団法人落語協会に加入し、「寄席」に出演し始めたという。

ここまでは、いわゆる「伝統芸能」「二代目」にいわば「ありがちな」経歴かもしれない。しかし、冒頭でも触れたように、小猫氏から繰り出される数々の技には、伝統だけにはしばられない、いわば「ありがちでない」オリジナリティがある。答えを急げば、その象徴が、冒頭から会場に響き続ける「一本足」による動物鳴き真似、世界の王さんになぞらえて言えば、「一本足鳴法」による指笛にある。



■「守破離」と「不易流行力」

「本物に近づくため、いや、本物を抜くためにどうすればいいかを必死で考えてましたら、自然とこのスタイルになりました」

世界レベルで時々刻々と新しい記録を打ち出す一流アスリートやノーベル賞を取る学者がまさにそうなのであるが、新しいものを生み出す人には共通の要素というのがある。それは、「守・破・離」の精神。つまり、新しい時代を切り開くフロントランナーには、先達からの技をただ受け継ぎ、「守る」というだけでなく、その型を言い意味で「破り」、そして、最終的には「離れる」勇気がなければいけない、ということ。この「守・破・離」というのは、茶道や華道、また柔道や剣道など、いわゆる「道」が付く文化やスポーツに多いわけだが、小猫氏の技には、まさにそのような「道」に通じる魂を感じる。小猫氏は続ける。

「私が先代から引き継いだものは3つあります。それは、指笛、口笛、かえるの音。このいずれにもオリジナリティを持たせるよう、私なりに工夫と努力をしています。でも、変えないものは変えない。引き継ぐべきものは、そのまま引き継ぐのです」

変えるべきものは変える。変えないものは変えない。これぞ「不易流行」の真骨頂ではないだろうか。本題からそれるが、この「不易流行力」を、今の政治の世界にも伝播してほしいと思ったのは私だけであるまい。


■本物へのこだわり

「最近嬉しいことがありまして、私の鳴き真似は科学的にも本物に近いと証明されたのです」

何でも日本音響研究所が測定したところによると、本物の動物以上に本物らしいの“揺らぎ”の波長が確認され、あるテレビ番組では、本物にも勝ったという。ここまでくれば、お笑いの域を超え、ただただ「あっぱれ」である。

しかし、これも小猫氏の話をじっくり1時間聞けば合点が行く。というのも、小猫氏は「本物の鳴き声」に会うためなら、北半球であれ南半球であれ、洋の東西を飛ばず、とにかく「現地・現場・現物」に会いに行っているのである。これこそがプロ魂、本物を越えるための唯一最大の秘訣であろう。インターネットが普及し、便利な時代になったとは言え、やはり、大事な情報、本物はネット上には落ちていない。つまり、小猫氏の技とは、自ら足を運び、自らの五感で吸収してきた故に得られた当然の賜物なのである。近道なんてない――この芸や技への姿勢こそが、まさに「守」そのものであり、またその「守」のための「破」なのであろう。そして、この本物へのこだわりは、単に「本物の動物」への挑戦というだけでなく、もしかしたら、祖父から続く先代、つまり、「伝統」への挑戦でもあるかもしれない。


■おわりに

現在のところ、まだ京都での公演は決まっていないものの、この 10 月から小猫氏は、北は北海道から、南は沖縄まで、日本縦断の襲名ツアーに出るという。 最近の言葉で言えば、“アラカン(アラウンド還暦)”の年で、満を持して「江戸家猫八」を襲名する小猫氏。しかし、襲名後も、きっと小猫氏の「伝統への挑戦」は続くだろう。

「猫」の手をお借りした経済人クラブとしても、次なる江戸や猫八に「鉢」ならぬ「バトン」が渡る日まで、今後とも、小猫氏の「八」面六臂の活躍を祈念する限りである。

最後になるが、今回の小猫氏のプロフェッショナリズムを間近で見させていただき、思わず思い出した詩を紹介し、これを私の感想に変え、結びとしたい。

「青春とは人生のある時期をいうのではなく心のもち方である」(サミュエル・ウルマン)

≪文責:すぎおか ひでのり≫

 

【江戸家小猫氏 プロフィール】

昭和24年 東京都生まれ。昭和34年 テレビ初出演 昭和43年 玉川学園卒業 父である三代目江戸家猫八に入門。昭和47年 社団法人落語協会に加入、寄席に出演。平成21年10年20日「四代目江戸家猫八」襲名予定。
昭和56年 放送演芸大賞受賞、平成2年 ベスト・ファーザー賞受賞、平成16年 文化庁芸術祭優秀賞受賞。
得意ネタは動物鳴き真似。「環境・健康」をテーマにした講演も精力的に行っている。